新撰組好きなら欠かせない「壬生寺」そして「八木家」
新撰組が好きな人なら、この「壬生寺」、「八木家」をご存知でしょう。
新撰組には大きく分けて「江戸(上京前)」「京都(新撰組結成)」「五稜郭(土方北上)」になりますが、とりあけ歴史ファンからの関心が高いのが「京都編」です。
京都はなんといっても実際に新撰組が結成された地域であること、また新撰組が池田屋事件をきっかけに知名度をあげ、自分たちの屯所を建設するなど非常に華やかな時代でした。
京都では「田舎者」と呼ばれた浅黄色の羽織が一番似合うのがこの京都編ですね。
その後、鳥羽伏見の戦いで新政府軍に敗れた幕府軍と新撰組は京都の街を去り、北上。
ついに流山にて新政府軍に囲まれ、ここで近藤勇と土方歳三が袂を分かちます。近藤勇は新政府軍に投降し、そのまま板橋で斬首となりました。
北上した土方は最期まで新政府軍に立ち向かいますが、五稜郭で撃たれて命を落とします。
その後、土方歳三の小姓が土方の親族の家を訪れ、写真や刀などの遺品を届けたというのは有名な話です。
恐らくは、負け戦と解っていた土方が年若い小姓の命を慮り、実家に自分の遺品を届けさせるという役目を与えることで逃がしたのでしょう。
江戸で農民だった青年たちが上京し、武士になりたいという夢を叶え、最後は誰よりも武士らしく散っていく。
新撰組の物語にはそんなロマンがあります。
そんな新撰組の隊士たちが眠る八木邸
新撰組は何度か屯所を変えていますが、おそらくその屯所の中で一番有名なのが「八木邸」です。
その八木邸のとなりにあったのが壬生寺ですが、この壬生寺では新撰組の隊士たちが剣術のけいこをしていましたし、また初代局長の一人であった芹沢鴨、副長の新見錦が眠っていることでも有名ですね。
新撰組の京都時代を語るにはまずこの壬生寺が欠かせません。
実際に行ってみると、そこまで大きくはないお寺ですが趣があり、「ここで新撰組が走り回っていたんだな…」と思いました。新撰組ゆかりの寺ですから、全国から新撰組のファンが訪れています。
京都には本当にいろいろな新撰組の史跡がありますが、その中でも壬生寺は本当に有名なお寺のひとつです。
観るだけで新撰組の歴史を実感できるようなところもありますので、ぜひとも壬生寺にお出かけをしてみてほしいです。
壬生寺の中には阿弥陀堂や弁天堂、水掛地蔵堂などがありますので、こちらもぜひ忘れずにみてみて下さい。